書評
2023年以降の書評は『実験社会心理学研究』に掲載されており、J-STAGEで公開されています。
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偏見や差別はなぜ起こる?
北村英哉・唐沢穰 編(2018)ちとせプレス
〔評〕三船恒裕(高知工科大学)
「お前は今まで一体何をやってきたのだ」
読後、筆者たちの叱責の声を聞いたような気がして、胸のあたりを締め付けられる思いがした。偏見や差別に通じる研究をしている人間のひとりとして、本書はそのくらい大きなメッセージを感じる一冊である。社会に生きる人の心を理解しようとする者ならば必ずや読んだほうがいいと、半ば強制の意図も持ちつつ、自信を持って推薦したい。
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ステレオタイプ、偏見、差別といったトピックは社会心理学の黎明期から続く伝統的な研究分野と言えるだろう。従って理論的な研究も膨大に存在する。本書はこうした背景を十分に踏まえ、第1部が心理メカニズムの理論的な研究について、第2部がより具体的な偏見・差別事象の説明といった構成になっている。しかし油断してはいけない。本書の特徴は、第1部においても具体的な偏見・差別の解明に投げかけられた視点が多く含まれており、また第2部においても偏見や差別の実態の解明に寄与する理論的考察が多く含まれている点にある。一章一章読むごとに、現場と理論が両輪となって研究が進んでいること、あるいはそうやって研究を進めないといけないことを感じさせる。是非とも読者には「私は理論に興味があるから」「理論はだいたい知っているからもっと具体的なことが知りたい」と言わず、最初から通読することをお勧めしたい。
具体と抽象(理論)の往復という特徴は本書のどの章においても見られる。例えば、日本語の本や論文ではあまり見ない集団間情動研究の紹介や、差別と2過程モデルという興味深い論考を展開している第4章には、偏見や差別の問題に真剣に取り組んでこなかった日本社会への痛烈な批判も含まれている。また、2011年の東北地方太平洋沖地震による福島原発事故に関連した偏見や差別に関して分析している第11章は、進化心理学における行動免疫システムの優れた解説ともなっている。このように、ひとつの章をとってみてもそれが純粋に理論的あるいは現場的な内容に偏っていないのである。
もう少し中身を見ていこう。第1章ではSherifの泥棒洞窟実験から最小条件集団など、ステレオタイプ・偏見・差別に関する社会心理学研究の流れが俯瞰できるようになっているが、類書ではあまり見られない狙撃手バイアス研究が紹介されるなど、ここでも現場感覚の重要性が暗黙裡に強調されている。また、第1章では偏見や差別の説明するひとつの重要な理論として社会的アイデンティティ理論が説明されているが、その説明力の高さは第7章、第10章、第12章でも強調されている。例えば、ジェンダーアイデンティティとセクシャルマイノリティへの偏見・差別との関連が第10章にて紹介されている。
一方、社会的アイデンティティ理論だけでは不十分であることもまた本書から感じ取ることができる。第7章では、移民に対する態度に関しては国に対するアイデンティティという概念だけでは不十分であり、愛国主義と国家主義を分ける必要性があること、また、そもそも「国民」というものの捉え方に関する文化的違いも考慮する必要があることが述べられている。他の社会的カテゴリーの様相も様々である。例えば障害者やセクシャリティに対する偏見や差別は「マジョリティ・マイノリティ」という枠組みで語ることが可能だが、それらもまた多くの点でお互いに異なる点を有していることが第8章と第10章にて語られている。第12章で取り上げられている高齢者という集団は、現代においては地位も高く、マイノリティというわけでもないことから、社会的アイデンティティ理論のみならず、存在脅威管理理論や病気回避メカニズムも踏まえた説明が試みられている。
こうした現状を踏まえ、本書では特に公正世界理論あるいはシステム正当化理論を中心に取り上げられているように感じる。第2章では、公正や正当化という同様の概念を扱っているこれら二つの理論の関係を整理して紹介されており、この点もまた類書にはない特徴を有していると言えよう。このシステム正当化理論の有用性は本書の随所で強調されている。例えば第9章ではジェンダーという集団間関係が取り上げられている。ジェンダーとは集団間で人数がほぼ変わらないのみならず、恋愛や結婚などポジティブな側面も持ちうるなど、他の集団間関係にはあまりない特徴を有しているが、ここで生じている偏見についてシステム正当化理論からの分析が展開されている。
では、どのようにして偏見や差別は低減されうるのか。第5章では自己制御モデルと接触仮説が説明されている。接触仮説については段階モデルや拡張接触仮説など、近年の動向も参照されており、興味深い。低減方法のもうひとつは政治的・政策的介入であろう。これについては特に政治的イデオロギーと偏見の関連が第3章にて説明されている。章の後半においてなされる、日本における政治的イデオロギーと偏見・差別に関する研究がほとんど行われていないとの指摘は社会心理学者の胸にも突き刺さるだろう。これらを踏まえ第6章を見てみると示唆的である。近年注目されている回避的レイシズムの低減に集団間接触は有効なのか、ヘイトスピーチと政治的イデオロギーの関連についての実証データはあるのかなど、日本における研究が不足しすぎていることを痛烈に感じさせるだろう。第13章では、犯罪と偏見との関わりとして被疑者に対する印象を評価した実験などが紹介されているが、こうしたものが政治的イデオロギーと関連するのか否かなども興味深い点として残る。
本書に対して理論的にも実践的にも、偏見や差別に関する研究を網羅していないと批判することは可能だろう。例えば社会的支配理論に関する紹介がもっとあってもいいだろうし、心理的本質主義についても紹介してもいいだろう。差別軽減の具体的な実践事例などは紹介されていない。しかし、そうしたことはこの分野の第一線で研究を続けている筆者らも理解していることだろうし、本の主旨からすると的外れな批判だろう。まさに、紹介すべき日本の(社会心理学的)研究が不足しているのである。あとがきで述べられているように本書は「出発点」である。これまで日本の研究者はその出発点にすら立ってこなかったじゃないかと筆者らは言いたいのではないだろうか。もしそうであるならば、我々社会心理学者は真摯に傾聴すべきである。
「社会心理学者は『社会』を見ていない」というのは評者の同僚の経済学者の言葉である。この言葉の真意は定かではないが、今一度自問自答するべきではないだろうか。我々社会心理学者が解き明かすべき対象はまさに社会に存在している。現実の社会で生じている現象のメカニズムを解き明かし、そしてもしそれを望むならば、現象が何によってどう変化するのかの「処方箋」を提供するのが社会心理学者の使命と言えるだろう。ならばこそ、我々はもっともっと「泥臭い」と感じるかもしれない社会の現場を真摯に見つめるべきなのだ。「自身の周りから目をそらすな」という著者らのお叱りの声が聞こえてくるような、まさに自分の研究を見つめ直す機会を与えてくれる良書である。
対人社会心理学の研究レシピ:実験実習の基礎から研究作法まで
大坊郁夫監修/谷口淳一・金政祐司・木村昌紀・石盛真徳 編(2016)北大路書房
〔評〕藤村まこと(福岡女学院大学人間関係学部)
ひとつの料理にも多様なレシピが存在するように,心理学研究にも多様な方法がある。本書のタイトルはそれを物語っているように思う。本書では対人社会心理学研究の主要テーマに沿って,多様な方法を用いた研究事例がレシピとして掲載されている。その研究レシピに沿って研究を進めれば,ひとつの研究ができあがる。心理学研究の一連のプロセスを学ぶ実習科目のテキストとして大変有用な1冊である。また,本書を読み解くうちに,心を扱う研究姿勢やその作法,そして対人社会心理学研究の多様性について学べることも本書の魅力といえるだろう。対人関係を研究したい学生には,この本を渡して興味のあるテーマの章を読むよう薦めたくなる。また,質問紙以外の研究方法を知りたい,実施したいと考える学生や研究者にも紹介したい本である。
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章立てを見ると,「研究するということ」から始まり,最後に「研究の作法」で終わる。その間に,「自己」「対人関係」「対人コミュニケーション」「集団・文化」の章があり,各章で各種の方法を用いた研究がレシピとして紹介されている。方法はまさに多様で,質問紙,実験室実験,行動観察,スキル・トレーニングや会話シミュレーションの前後変化を扱う効果測定,テキストデータのコーディング,顔の表情分析などがある。各章の研究事例(レシピ)では,テーマに関する基本的な用語や知見が紹介された上で問題設定がなされ,実際に研究ができるように詳しい方法の手続きが記載されている。そして,得られたデータを用いての分析手順,考察の視点が書かれており,読者はこのレシピを参考に研究を進めることができる。あわせて,SAS,SPSS,HADを用いた分析手順,作成する図表例や作成の注意点などが記されており,研究に慣れない人が躓きやすい点への配慮が多く見受けられる。初学者を読者として想定し入念に構成された本書は,初学者だけでなく一般の研究者にとっても学ぶことが多い。
ここで,第1章で印象に残った文章を紹介したい。
“心理学が考えるべき対象自体は固定ではなく,変容する可能性を常に持っている。”そして,“用いる研究の方法は,関連諸科学の進展と結びつきながら,変化する側面もあり,多様である。研究を展開しながら,その方法自体を逐次検証し,進化させる努力をしなければならない。”本書において,技術的な研究方法だけでなく心を扱う研究姿勢も学んでほしいという著者らの真摯な想いを感じる部分である。
最後に,巻末にある“編者あとがき”の一読もぜひお薦めしたい。第一部から第四部までを取りまとめた4名の若手研究者の言葉によって,この本の特徴をよく知ることができ,なぜか心がほんわかと暖まる。それは,料理を楽しむように研究を楽しむ著者らの姿勢が垣間見えるからかもしれない。
紛争・暴力・公正の心理学
大渕憲一監修(2016)北大路書房
〔評〕吉澤寛之(岐阜大学大学院教育学研究科)
有史以来5000年の間、地球上が全く平和だった時間は、わずか5%しかないというデータが存在する(Baron & Byrne, 1984)。戦争が全く存在しない期間が、約250年間にすぎないといった歴史的記録である。評者が、こうした人間における葛藤(コンフリクト)の普遍性と根深さを明確に示す知見を最初に目にしたのが、本書の監修者である大渕憲一氏の著書『人を傷つける心(1993)』である。
本書は、監修者を師事する方々、共同研究者となった方々によって編まれた専門書である。葛藤の問題を中心テーマとし、当事者心理、人間関係、集団と組織、地域社会、社会性、文化などに光を当て、その理解と対策を目指した研究論文から構成されている(「はじめに」から引用)。
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第1部は攻撃と感情、第2部は対人葛藤と対処、第3部は公正と現代社会、第4部は集団・文化と紛争、第5部は犯罪から成るが、すべての章は著者らの豊富な実証研究の知見を中心に据えて執筆されている。人間同士の葛藤はなぜなくならないのか、なくすためにはどうすべきかといった問題意識は書を通して一貫しており、監修者の開拓した分野において各著者が成し遂げた成果が本書には反映されている。
このように監修者の研究哲学が反映された一貫性がある一方で、各章には多様性もある。緻密に計画された対人実験に基づく研究を紹介する章もあれば、国際的な比較調査研究を紹介する章、実践介入による効果検証の研究を紹介する章、精力的な先行研究のレビューをする章、高度な統計解析手法を用いた研究を紹介する章など、さまざまな研究手法が用いられている。よく知られている理論や概念についても詳細な説明があるなど、本書では意図的に初学者への配慮がなされているが、各研究で用いられている研究手法の多様性は社会心理学を学ぶ学部生や院生のスキルアップにも大きく貢献するといえよう。
多くの章においては、研究の発展の方向性のみではなく、現実問題の解決方法についても触れられている。さらに、最近になって社会問題化しているデートDV、ストーカー、医療コンフリクト、ワーク・ライフ・バランスなどの葛藤の問題に対しても高い関心が払われている。平成28年秋の褒章において、監修者が科学技術分野における発明・発見や,学術及びスポーツ・芸術分野における優れた業績等に対して授与される紫綬褒章を受章したが、その受賞の言葉のなかで、実践分野での貢献が評価されたことが受賞につながったと述べられていた。本書の構成には、葛藤の理解のみではなく対策をも重視する監修者の研究哲学が反映されているといえる。
冒頭に紹介した『人を傷つける心』は評者が研究者を志したころに大きな影響を受けた著作であり、おそらく監修者が最初に執筆した専門書であろう。一方、本書は監修者の研究者、指導者としてのライフワークであり、書評に関われたことを評者として光栄に思う。本書は葛藤に関する研究分野を開拓した研究者の偉業を知ると同時に、研究者が生涯で成し遂げられる仕事の大きさを学ぶことができる名著である。
自分の中の隠された心―非意識的態度の社会心理学―
潮村公弘(2016)サイエンス社
〔評〕藤井勉(長崎大学)
本書は,近年において研究が増加している潜在連合テスト(Implicit Association Test; IAT)やGo/No-go Association Task(GNAT)を用いた研究紹介を中心に,潜在的な認知や態度について解説された,全6章からなる書籍である。IATを本邦に初めて導入した著者が述べるように,本書は「IATがまとまった形で本格的に取り上げられた国内初の書籍」と位置づけることができる。
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第1・2章では,潜在的認知・態度とは何かという解説や,IAT・GNATの紹介が丁寧になされており,初めてこれらの測度に触れる方にも分かりやすい内容である。また,紙筆版のIATも解説されている。続く第3・4章では,IATの開発当初から進められているステレオタイプ研究や潜在的自尊心(もしくは自己評価)に関する実証研究が多く紹介されており,これまでの研究の流れが把握できる。また,顕在・潜在を問わず,測度(尺度)にとって重要な信頼性・妥当性についても分かりやすく解説されている。後半の第5・6章は,潜在的測度による行動予測のモデル化,消費者行動の予測,非意識的態度研究の今後の展望など,IAT研究のこれからを見据えた内容になっている。最初から読み進めることで,著者が「潜在的測度」で測定されるものをどう捉えているか,「顕在的測度」で測定されるものとの相違は何か,についての考えも知ることができるだろう。
評者もIATを用いた研究を続けているが,著者が抱く悩み(?)や主張に同意する点が多かった。たとえば,潜在的測度の研究者がぶつけられる批判の一つに「自己報告は無意味だと考えるのか」というものがある。確かに,潜在的測度を扱う研究論文の冒頭には「自己報告には社会的望ましさの影響や,不正確な内省などの限界がある」という表現が多く,この箇所から「自己報告は使えない」という意図を『読み取って』しまう方も少なくない。しかし,多くのIAT研究者はこうした意図は持っておらず,仮にある程度の限界があっても自己報告は重要かつ有益であり,態度やパーソナリティという心的傾性の一側面を測定しているという点は揺らがないと考えている。また,潜在的測度が万能であるとも考えておらず,顕在的・潜在的測度を併用することで,心的傾性をより多角的に理解しうると考える。その意味で,顕在的・潜在的測度はどちらか一方に軍配の上がるものではなく,相補的に用いるべきといえる。
個人的には,第6章で述べられている今後の展望が興味深かった。潜在的測度は自己呈示動機や係留効果の影響を回避できるという測定法上のメリットがあるだけでなく,心的傾性の潜在的側面の変容可能性を検討できるという魅力を持つ。潜在的測度も使用することで,介入によって潜在的側面が変容しうるかを検討できるようになったことは重要であろう。なぜなら,潜在的な心的傾性が予測に長ける行動の側面があることが,これまで多くの研究で示されているためである。
強いて言えば,先行研究の概要が簡潔に記載されているがゆえに,どのようなパラダイムで実験を行い,どういった結果が得られたのかという詳細については,原典にあたらないと多少分かりにくいと思われるものもあった。ただし,「自分の中の隠された心」の存在を,思弁に留まることなく,エビデンスに基づいて紹介・解説するという目的は確実に達成されているといえよう。
IATはJournal of Personality and Social Psychology誌で1998年に発表されてから20年も経っておらず,本邦における研究数は決して多くない。本書は,すでにIATやGNATを用いた研究に着手されている方も,これから始める方も,そして潜在的測度を用いた研究を概観したいという方にも推薦できる良著である。
システム・センタード・アプローチ
機能的サブグループで「今、ここで」を探求するSCTを学ぶ
イヴォンヌ・M・アガザリアン著/鴨澤あかね訳(2015)創元社
〔評〕角山剛(東京未来大学)
本書は、サイコセラピーの領域におけるグループ・アプローチ手法としてのシステム・センタード・セラピー(SCT)と、その背景理論となるリビング・ヒューマン・システム理論(TLHS)について、その実践例を紹介しながら論じたものである。SCTとTHLSは、筆者のアガザリアンの永年にわたる研究と実践の中で構築されたものである。
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本書の構成は、第1章でシステム・センタードという概念の解説と実践へのアプローチの経緯を論じ、第2章では実際の作業セッションの逐語録が紹介されている。そして第3章では第2章を踏まえてのSCT技法の検討、最終第4ではSCTの背景となるTLHSについての考え方が論じられている。
システム・センタードの考え方は、どのようなシステムであってもそこにはメンバー、サブグループ、そして全体としてのグループという3つの構成要素が存在することを基本とする。これらを、メンバーを内円とする3つの同心円でイメージしたとき、サブグループは、メンバーおよび全体としてのグループ双方と境界を共有している。ここからアガザリアンは、グループの基礎となる単位はサブグループであり、メンバー個人やリーダー、あるいはグループそれ自体でもないとして、サブグループを中心とするアプローチを展開している。こうした視点は、訳者も紹介しているように組織開発や教育分野で応用可能であり、実際に欧米ではそうした活用がなされているという。
臨床心理学の知見に疎く、ましてサイコセラピーのなんたるかを学んだことのない評者にとっては、内容的に十分咀嚼できないところもあった。また、門外漢にとっては訳がやや生硬に思われる箇所もあったものの、著者に確認しながら内容を正確に伝えようとする訳者の努力が随所に感じられた。セラピー技法という視点を離れて、生身の人間が組織や社会生活の中で織りなす他者との関係性を考える上で、リビング・ヒューマン・システム理論は一つのヒントになるのではないだろうか。その意味で本書は貴重な一冊である。
文化を実験する:社会行動の文化・制度的基盤
山岸俊男 編著(2014)勁草書房 フロンティア実験社会科学 第7巻
〔評〕村上幸史(神戸山手大学)
「異文化」や「文化が違う」とは便利な言葉であると思う。われわれは、すぐその違いに眼が行きがちだからである。しかしながら、文化の違いが個人の態度や行動などに、どのような影響を与えているのかをハッキリさせるのは簡単なことではない。
この本では、その影響に関するレビューを中心として、論考がまとめられている。とりわけ、文化という要因の影響をどのように定義し、またその要因で説明しようと意図するものは何かという文化心理学者それぞれの問いや関心が分かるように工夫されている。そのため文化心理学、特に比較文化心理学における議論の焦点や、現在のホットトピックをつかむのに有効な1冊であると思われる。
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特に、第3章で紹介されているような、説明要因となる文化自体を変容するものと捉えた考察は、現状把握を得意とする心理学が、どちらかといえば苦手としてきた分野である。また文化がただ成員に影響を与える要因としての枠組みだけではなく、その変容の帰結として文化も構成されていくというモデルの提示や、個々人が集団を縮約したような形で、文化固有の特徴を持ち合わせているというよりも、むしろ集団内成員への期待(予測)に合わせて振舞うことで、結果的にその文化らしい特徴が維持されることに結び付く傾向など、文化のダイナミズムを捉えようという姿勢は、非常に興味深いところである。
加えて、立ち上ってくるのは、文化心理学者の関心のありようである。例えば、文中では利益追求のために、2つの集団間で異なる対人関係の秩序形成がなされた、過去の商人たちの例などが説明されている。これは対人関係の最適解が、どのような利益を重視するかにより変化することを示す例でもある。背後に仮定されているのは、個人的な利益追求と対人関係という2つの合理性に根ざした行動であり、そのうち文化を構成する要因として、対人関係の特質がなぜ重視されているのかの1つの解答(着地点)となっている。文化心理学者が寄せる関心は、その文化で創り出される対人関係の姿にこそあるのかもしれない。
この本を読んで、個人的には文化心理学に期待したいことが2つほど浮かんだ。一つは第4章の展望や第6章でも指摘されているが、説明に用いられる文化の範囲についてである。基本的には、制度を同じくする国を単位とするのが妥当なのかもしれない。ただし、特定の文化の範囲が、例えば同心円状に広がり、周縁になるほど影響力が小さくなるのか、あるいは何らかの要因(宗教など)で決まるのか、文化内を均一化して扱ってよいのかなど、説明の限界に関する議論も必要であると考えられる。
もう一つは、この本の大きなテーマともなっている、実験科学という枠組みについてである。「おわりに」にも書かれているように、他の社会科学との共通基盤を意図した点で重視されている実験とは、差異を検証する優れた方法である。それと同時に、違いを示すための線引きをする道具になる要素も持ち合わせている。同じであることや類似していることは自明の理なのだろうか。西洋と東洋という比較文化の線引きが、一義的な関心に基づくようにも見えるだけに、応報的な因果観や素朴信念などを含めた、普遍性のある要因も組み込んだモデルを提示してもらいたい。
スケープゴーティング ―誰が,なぜ「やり玉」に挙げられるのか―
釘原直樹 編著(2014)有斐閣
〔評〕縄田健悟(九州大学)
「スケープゴーティング」と題する本書の帯には「責任をとれ!」「不謹慎だ!」という文字が踊る。本書は,大きな事故・事件の後に生じる,マスメディアやネット上の掲示板,SNS,ブログにおける非難やバッシングの社会・心理過程の解明を試みた本である。
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先月(2016年1月)には,格安スキー旅行の高速バスが横転し,大学生らの若者を中心に15名の死者が出た事故があった。この事故の報道では,旅行運営会社やその社長への非難が集中するとともに,徐々に格安バス旅行会社のみならず,社会システムの問題へと非難の矛先が推移していった。
実はこういったプロセスは,大きな事故・事件の後の非難報道で共通していることを本書は指摘する。本書で扱われている非難報道は,JR福知山線の脱線事故,SARSやO157の感染症報道などである。こういった近年の大きな事故・事件を扱いながら,本書は「やり玉」現象の説明を行っていく。
本書は2部から構成されている。第1部は,理論編として,スケープゴーティングや他者非難に関連するこれまでの心理学研究の概観を行っている。
そして,第2部が著者ら自身の行った研究を紹介する実証編である。実証編では,JR福知山線の脱線事故,SARSやO157の感染症報道,東日本大震災発生後の不謹慎だという非難,といった近年の実際のトピックを題材に検討を行っている。ここでは,新聞記事報道の分析,ブログやツイッターへの書き込み内容の分析,大学生への質問紙調査や実験研究など,多面的な手法を用いて実証的にアプローチしている。こういった多面的な手法から「やり玉」現象を捉えようと試みている点が,旧来型の心理学研究の枠に収まらない,本書の優れた特長の一つである。
STAP現象に関する一連の報道が加熱する中で,論文の共著者である理研の笹井氏が自殺したのは記憶に新しい。特にこのネット時代においては,匿名を隠れ蓑にしてバッシングが加熱しがちだ。「やり玉」はときに人の人生を破壊するものである。「やり玉」心理を体系的に理解するためには,本書は必読の本である。
被災地デイズ
矢守克也(2014)編著弘文堂
〔評〕中谷内一也(同志社大学)
本書「被災地デイズ」はゲーム“クロスロード”のアイデアを生かしながら、書籍の形をとることで災害時のジレンマについて1人で考えられるようになっている。クロスロードでは、例えば、“避難所に3000人いるのに確保できたのは2000食。今後の見通しはない。あなたが責任者なら配付するか?という質問に対して、参加者ひとりひとりがYESかNOを選択し、なぜそうするのかを話し合う。このゲームの効果のひとつは多様性の理解であり、参加してみると判断基準やその重みに関して人による違いがずいぶんあることに気づかされる。
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一方、たいていの場合、参加者は巨大災害を経験していないので、いろいろな意見に接することはできても、実際の災害時にはどういった判断基準が顕在化するのか、なされた選択とその背後で優先順位を高めた基準は何だったのかがわからないままゲームが進行する。それに対して本書は、ゲームのように順にジレンマ問題を提示し、決して“正解”を与えることなく、実際にジレンマに直面した人ならではの判断基準や悩み、あるいは後悔を紹介してくれる。ゲーム実施後に本書を読むことで、ゲーム参加者の意見のみならず災害経験者を含めた多様な考えに触れることができ、クロスロードの目指すところをより充実させることができる。もちろん、単独で読んでも考えさせられる問いが多く、特に、災害から時間の経過に伴い、ジレンマが価値と価値のトレードオフ問題の様相を濃くしていく点が興味深い。読みやすくまとまっており、災害に関心を持つすべての人にお勧めしたい一冊である。
萌芽する科学技術:先端科学技術への社会学的アプローチ
山口富子・日比野愛子 編(2009)京都大学学術出版会
〔評〕永田素彦(京都大学大学院人間・環境学研究科)
科学技術と社会の接点に関わる問題は、リスク認知・リスクコミュニケーションを中心に、社会心理学の世界でも注目されつつある。本書は、その中でも、科学技術がテキストによって形作られていくあり様を、資料から読み解くための方法論を論じている。
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第1部では、言説分析(第2章)、内容分析(3章)、データマイニング(4章)の手法について、具体的な分析の進め方と遺伝子組み換え技術等への適用例が示されている。第2部では、科学技術の振興・実施側から、最先端の科学技術の話題や渦中での問題意識が語られている(5章、6章)。科学技術というテーマの魅力を伝えるだけでなく、テキストを扱う各種方法の位置付けを伝える内容となっている。
中途肢体障害者における「障害の意味」の生涯発達的変化
――脊髄損傷者が語るライフストーリーから――
田垣正晋(2007)ナカニシヤ出版
〔評〕東村知子(奈良女子大学)
本書は、脊髄損傷者が語るライフストーリーから、「中途障害」という大きな「喪失」を体験した人々が、そのことをどのように意味づけ、自らの人生をいかに再構成していくのか、そのプロセスを3つの視点から明らかにしたものである。
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第1に、10名のライフストーリーを対象とし、主に肯定的意味づけという点に着目して「障害の意味」が長期的に変化していくプロセスを分析する(第2章)。次に、2名の事例をとりあげ、両者がともに「元健常者」としてライフストーリーを語っていることを示す(第3章)。第3に、受障期間の長い者と短い者を比較し、障害の意味づけの違いを明らかにする(第4章)。本書は、一つのテーマに対して多様な観点からアプローチし、それらを重ね合わせることによって新たな理解を生み出すという質的研究の強みを、あらためて感じさせてくれる好著である。
ジェンダーの心理学ハンドブック
青野篤子・赤澤淳子・松並知子(編)(2008)ナカニシヤ出版
〔評〕伊藤裕子(文京学院大学人間学部)
我が国でもここ十年、「ジェンダー」を冠した心理学書が複数点出版されるようになり、2003年には日本心理学会に「ジェンダー・フェミニズム部門」が創設され、ジェンダーに関する体系的な成書が望まれていたところに満を持して本書は誕生した。
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先に、編者らによって大部のアンガー(編)『女性とジェンダーに関する心理学ハンドブック』(2004)が翻訳されていたが、ジェンダーに関する「日本の研究をレビューし、体系的に整理したハンドブックが必要」との理由から本書は編まれた。第1部発達、第2部社会的役割と社会システム、第3部健康、第4部制度・権力、第5部理論・方法の5部構成353ページから成るもので、執筆者のスタンスは章によって異なるが、ハンドブックにふさわしく日本の研究を広範に網羅した後学には欠かせない1冊となっている。